OUR VISION


代表理事 星マリナ

1997年に父・星新一が亡くなって以来、遺品は自宅等で保管してきたのですが、時が経つにつれ強く思うようになりました。「こんなやり方ではダメだ」と。遺族が個別に遺品を管理するのは、とてつもなく効率が悪いのです。保管する場所の問題もありますが、精神的な負担も大きいです。火事、地震、水害に加え、紛失、盗難の心配もあります。紙なので劣化もします。そして紙は重い!

黎明期から活躍してきたSF作家たちの遺した原稿や資料、その作家たちの書籍等を収集してきたコレクターたちのコレクションは、散逸してしまったら、もう一度集めるのは不可能です。日本SFの資料をあつめ、データベースをつくって安全な場所で管理し、そして国内外の方たちにむけて、日本SFのはじまりから現在までがわかる展示をする場所を設けることは、日本文化の理解と発展にとって大切なことです。

このたび、乙部順子さんのご協力を得てSFミュージアム財団をたちあげることができました。日本には、これほど多くの図書館、文学館、美術館、博物館があるのですから、SFミュージアムがあってもいいのでは? ご賛同いただける方(国、地方自治体、企業、個人など)に、SFミュージアムの創設を呼びかけていきたいと思います。よろしくお願いします。

副理事長・事務局長 乙部順子

小松左京さんから1992年に株式会社イオを引き継いだ時、私は小松さんに、「私の仕事は小松さんの作品が100年先にも読まれるよう、小松左京資料館を作ることだと思っています」と伝えました。すると小松さんは「いや、SF資料館にしてくれ」と言いました。のちに世田谷文学館で「日本SF展」をやった時に、小松さんがSF作家クラブの会長に就任した1980年の会報で「SF資料館を作りたい」という展望を述べていることを知り、なるほど小松さんの中には、ずっとSF資料館の構想があったのだと気づきました。

そもそも株式会社イオを設立したのは、「スター・ウォーズのような」ではない「日本ならではのスペース映画」を作るため、SF作家クラブの仲間だけでなく、映画会社、先端技術会社、メディア、広告代理店などの力を結集するためでした。その役割を終えて、小松さんは還暦を機に作家の原点に戻る決意をしたのですが、私は小松さんのSFに対する深い「愛」「魂」を継承していきたい、と思いました。その具体的な形が、「SF資料館」を作ることです。

星新一さんの次女、マリナさんと知り合い、色々と相談していく中で、「SF資料館」の話もして賛同を得ました。その時彼女が「ミュージアム」の方が広がりを感じられる、といってくれました。以来、「SFミュージアム」として、日本のSF黎明期からの人々の資料だけでなく、想い、熱意、活動などを未来へ伝え、新たな創造のエネルギーになるようなものを作りたい、と思いつづけています。

皆さまのお力を借りて、実現したいです。よろしくお願いいたします。

OUR DREAM


日本SFミュージアムは既存の文化施設の一室を使用する形も考えられますが、私たちの夢は、独自の建物を建設し周りに木を植えて、ミュージアム自体が未来社会のインスピレーションとなることです。